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横浜地方裁判所 昭和51年(行ウ)28号 判決

原告 濱口舜一

被告 保土ヶ谷税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して昭和五〇年五月三一日付でなした昭和四九年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課処分(ただし昭和五二年三月二六日付でなした変更決定により変更された部分を除く)を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、給与所得者であるが、原告が昭和四四年一月一日前に取得し(昭和三六年二月二四日に所有権保存登記)、昭和四七年一月一〇日まで居住していた建物である横浜市神奈川区三ツ沢東町七一番地二所在家屋番号八四番七木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅床面積一・二階計七一・九六平方メートル(以下「本件家屋」という。)を昭和四九年五月二六日訴外松崎富美子及び同福山邦子に代金六〇〇万円で売渡し、長期譲渡所得の金額として五二〇万円を得た(以下右売買による所得を「本件長期譲渡所得」という。)。そして、原告は、昭和四九年分所得税の確定申告として本件長期譲渡所得につき、右長期譲渡所得の金額五二〇万円から租税特別措置法(昭和四九年法律第一七号による改正後のもので昭和五〇年法律一六号による改正前のもの。以下「措置法」という。)三五条一項により同額の五二〇万円を長期譲渡所得の特別控除額として控除し、課税長期譲渡所得金額はない旨の申告を昭和五〇年三月一四日にした。

2  しかし、被告は、措置法三五条一項の特別控除の適用を否認し、昭和五〇年五月三一日付で、所得金額を四八六万四五〇〇円、税額を八三万九九〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税を四万二〇〇〇円とする賦課処分をした(なお、被告は、右賦課処分は誤りであるとして昭和五二年三月二六日付で、加算税額四万二〇〇〇円を四万一九〇〇円に変更する決定をした。以下右変更決定により維持されたものを「本件賦課処分」という。)。

3  そこで、原告は、右処分を不服として昭和五〇年六月三〇日被告に異議申立をしたところ、被告は、同年八月二九日右申立を棄却する旨の決定をした。さらに、原告は、同年九月一九日国税不服審判所長に審査請求をしたところ、同所長は、昭和五一年九月一三日審査請求を棄却する旨の裁判をした。

4  しかしながら、本件家屋の譲渡所得につき措置法三五条一項が適用されることは明らかであり、右規定の適用がないとしてなされた本件更正処分及び本件賦課処分は違法であるので、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。同4の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告のなした昭和四九年分の所得税確定申告の内容は、総所得金額を六六万四五〇〇円(給与所得五六万二五〇〇円、雑所得一〇万二〇〇〇円)、特別控除後の長期譲渡所得の金額を〇円、課税総所得金額を一五万二〇〇〇円(生命保険料等控除二万一七八五円、扶養控除二五万七五〇〇円、基礎控除二三万二五〇〇円を各所得控除したもの)、課税長期譲渡所得金額を〇円、課税総所得金額に係る所得税額を一万五一〇〇円、源泉徴収税額を三万九〇二〇円、申告納税額を二万三九二〇円の過払としていた。

2  被告が調査したところ、右確定申告は、本件長期譲渡所得分を除き正しいものであつたが、本件長期譲渡所得分については、次のとおり措置法三五条一項に該当しないことが判明したので、本件更正処分をしたものである。

なお、本件更正処分は、原告のなした確定申告のうち長期譲渡所得の金額五二〇万円に対する長期譲渡所得の特別控除額につき、措置法三五条一項の適用を否認し、同法三一条二項を適用したもので、その内容は、総所得金額を六六万四五〇〇円、特別控除後の長期譲渡所得の金額を四二〇万円(長期譲渡所得の金額五二〇万円から措置法三一条二項所定の長期譲渡所得の特別控除額一〇〇万円を控除した。)、課税総所得金額を一五万二〇〇〇円、課税長期譲渡所得金額を四二〇万円、課税総所得金額に係る所得税額を一万五一〇〇円、課税長期譲渡所得金額に係る所得税額を八四万円、源泉徴収税額を三万九〇二〇円、差引納付すべき税額を八三万九九〇〇円とするものであり、長期譲渡所得の特別控除額が本件における争点である。

3  本件長期譲渡所得の計算上の根拠及びその適法性は、次のとおりである。

(一) 本件長期譲渡所得は、原告がその主張の日に本件家屋を訴外松崎富美子ほか一名に代金六〇〇万円で譲渡したことにより生じたものであるが、原告の課税の対象となる長期譲渡所得は、右総収入金額六〇〇万円から、取得費三〇万円、譲渡費用五〇万円及び長期譲渡所得の特別控除一〇〇万円を控除した残額の四二〇万円である。

(二) 本件長期譲渡所得の金額五二〇万円の特別控除について、原告は、措置法三一条二項によるべきではなく、同法三五条一項の適用があると主張するが、次の理由により失当である。

(1) 原告は、昭和四七年一月一〇日本件家屋から肩書住所地に転居したが、そのころ現住家屋を買受け同年五月一六日その所有権保存登記を経由した。本件家屋は、右転居後空家の状態で約二年四か月おかれ、昭和四九年五月二六日に譲渡された。

(2) ところで、措置法三五条一項が、居住用財産の譲渡による譲渡所得につき特別控除を規定したのは、住宅事情を背景とする国民の持家制度推進のために必要な措置として制定されたのであり、また、居住用財産を譲渡した場合には、居住用代替資産を取得する蓋然性が高く、右特別控除額の範囲内で普通程度の家屋を取得できるであろうとの配慮によるものであつて、これを要するに、国民生活を安定させるという趣旨から譲渡所得の計算に関する特例を認めたものである。

(3) 従つて、措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」の譲渡とは、当該譲渡資産に関する権利移転の時期ないしこれに接着する時期に至るまで「居住の用に供している家屋」であると解するのが相当であり、これを「居住の用に供してきた家屋」と解し譲渡時において居住の用に供していなくてもよいと理解することはできない。

(4) また、措置法三五条一項が、特別控除について連年の適用を認めず、三年間に一度の適用を認めることとしたのは、居住用代替資産取得の場合、これを三年程度の短期間に譲渡することは通常考えられないからであり、また、いくつもの家屋を所有している個人が一年毎に居住用家屋を買換えることにより措置法の特別控除制度を濫用し、譲渡益の脱漏を図るなどの弊害を生ずることを防止するための制限でもある。

従つて、右適用期間の制限を根拠として、居住用代替資産取得後、旧居住用家屋を三年程度空家とした後に売却した場合においても、措置法三五条一項の特別控除を認めるべきであるという解釈は誤つている。

(5) また、居住用財産の譲渡に当つて、譲渡時まで当該家屋に居住することは事実上困難な場合もあると考えられるので、このような場合において措置法三五条一項に規定する居住用財産の譲渡所得の特別控除を排除することは、不動産売買の実状に即さないと認められる。そこで、税務執行上、昭和四八年一二月二四日直資四―二七通達「租税特別措置法(山林・譲渡所得関係)の取扱いについて」(以下「本件通達」という。)三五―一の二は、「その居住の用に供している家屋(措置法令二三条一項に規定する家屋に限る。)を譲渡するため、その家屋を空家とした場合において、その後その家屋を貸付けその他業務の用に供することなく、その空家とした日から一年以内に譲渡したときは、当該譲渡は、その譲渡の時においてその者が、他に居住の用に供している家屋を有している場合であつても、措置法三五条一項に規定する『その居住の用に供している家屋で政令で定めるものの譲渡』に該当するものとして取扱う。」と定めている。

右一年の期間制限は、措置法三五条一項が、災害により滅失した居住用家屋の敷地の譲渡においてさえ一年の期間制限をしていることと対比しても、決して不合理とはいえない。

(6) 以上のとおり、原告は、一年を超える期間、すなわち二年四か月の間空家となつていた本件家屋を譲渡したのであるから、右譲渡は、措置法三五条一項に規定する「居住の用に供している家屋」の譲渡に該当しない。

従つて、被告が措置法三五条一項による特別控除の適用を否認した本件更正処分は適法である。

4  以上のとおり、原告の昭和四九年分の所得金額は、総所得金額六六万四五〇〇円と特別控除後の長期譲渡所得の金額四二〇万円との合計四八六万四五〇〇円となり、税額は、課税総所得金額に係る所得税額一万五一〇〇円と課税長期譲渡所得金額に係る所得税額八四万円との合計八五万五一〇〇円となるが、すでに三万九〇二〇円が源泉徴収をされているので、八一万六〇〇〇円が申告納税額となる。しかるに、原告は、二万三九二〇円の過払と申告しているので、更正税額は、右申告納税額と右二万三九二〇円との合計額八三万九九〇〇円(一〇〇円未満切捨)となり、右税額から一〇〇〇円未満の端数を差引いた八三万九〇〇〇円を基礎として国税通則法六五条一項により四万一九〇〇円の過少申告加算税を賦課した。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告主張1の事実は認める。

同2のうち本件長期譲渡所得が措置法三五条一項に該当しないとの主張を争い、その余の事実は認める。

同3(一)の事実は認める。但し、特別控除は措置法三五条一項によるべきである。

同3(二)(1)の事実は認める。

同3(二)(2)ないし(6)の主張は争う。

同4の主張は争う。

2  本件長期譲渡所得については、次に述べるとおり措置法三五条一項の特別控除の適用がある。

(一) 措置法三五条一項の立法趣旨は、居住用財産買換えの場合に特別控除を認め国民の生存権を確保することにある。従つて、従前の居住用家屋を売却してその後に新居住用家屋を買つた場合と、本件のように先に新居住用家屋を購入して入居し、その後に従前居住していた居住用家屋を売却して新居住用家屋の購入資金にあてる場合とを別異に考える理由は全くない。仮に、前者の場合に特別控除を認め、後者の場合にこれを認めないとすれば、後者の如き場合も多い実情に照らして考えると、課税の公平を欠き措置法三五条一項の立法趣旨に反することとなる。

(二) また、措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋」を、「当該家屋を譲渡する時点において実際に居住の用に供している家屋」又は「権利移転の時期ないしこれに接着する時期に至るまで居住の用に供している家屋」に限られると解することは、現実的でない。被告は、この点につき、本件通達を根拠として一年以内に譲渡したときは措置法三五条一項に該当するものとして取扱う旨主張するが、本件の如き中古の家屋を一年以内に好条件で売却することは不可能といつてよい。また、通達を根拠として右規定を制限的に解することは本末を転倒するものである。

以上のように、措置法三五条一項の適用については、その立法趣旨及び実際の適用の面からみて、被告主張のように制限的に解すべきではなく、本件のように約二年四か月空家となつていた場合にも適用されるものと解すべきである。右のように解釈しても、措置法三五条一項は、三年間に一度の適用しか認めていないのであるから、不都合を生じることはない。

(三) また、被告は、災害の場合の規定を根拠に制限的に解釈することの正当性をいうのであるが、災害の場合は、本来居住用家屋の譲渡に該当しないものを、一年に限り、その敷地の用に供されていた土地等の譲渡についても居住用財産と同様に取扱うもので、右一年という制限は、その意味で利益付与の基準であるから、本来の居住用財産の譲渡についての特例適用範囲を決めるための制限基準とは次元を異にするものであつて、被告の右解釈の正当性を裏付ける事由とはならない。

(四) 原告の右解釈が正しいことは、措置法三五条一項が昭和五三年三月三一日法律第一一号により改正され、居住の用に供されなくなつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の一二月三一日までの間に右家屋を売却した場合にも措置法三五条一項の特別控除を認めるようになつたことによつても明らかである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の事実、被告の主張1の事実、同2のうち措置法三五条一項に該当しないとの点を除くその余の事実、同3(一)のうち長期譲渡所得の特別控除額を除くその余の事実及び同3(二)(1)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件長期譲渡所得の特別控除額に措置法三五条一項の規定の適用があるかどうかの点について検討する。

1  措置法三五条一項は、居住用財産の譲渡所得の特別控除として、「個人が、その居住の用に供している家屋で政令で定めるもの」等を譲渡した場合を規定し、右政令の定めとして、同法施行令二三条一項は、「個人がその居住の用に供している家屋(当該家屋のうちにその居住の用以外の用に供している部分があるときは、その居住の用に供している部分に限る。以下この項について同じ。)とし、その者がその居住の用に供している家屋を二以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋に限るものとする。」と規定している。

ところで、右措置法三五条の改正の経過をみると、昭和四四年法律第一五号による改正前の租税特別措置法(以下「旧措置法」という。)三五条は、「個人が、土地若しくは土地の上に存する権利(以下……「土地等」という。)又は家屋の譲渡(中略)をし、当該譲渡の日前一年の期間又は当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までに当該個人の居住の用に供する土地等又は家屋で所得税法の施行地にあるものの取得(中略)をし、当該取得の日から一年以内に居住の用に供した場合(中略)又は供する見込である場合には、政令の定めるところにより、その譲渡をした土地等又は家屋の譲渡による譲渡所得の金額は、次の各号に規定する場合に応じ、当該各号に定めるところによる。」(以下略)として、居住用財産の買換えの場合の譲渡所得の金額の計算について課税の繰り延べの制度を採用していた。ところが、右法律改正により、譲渡所得に関する特例が大幅に改正され、昭和四四年法律第一五号による改正後の租税特別措置法(以下「四四年改正措置法」という。)三一条、三二条は、不動産の譲渡所得について分離比例課税制度を採用し、また、同法三五条は、措置法三五条と同旨の規定で、居住用財産の譲渡所得について高額(一〇〇〇万円まで)の特別控除制度を採用した。四四年改正措置法は、右のとおり、従前の居住用財産取得のための買換えの特例(課税の繰り延べ)を廃止し、居住用財産の取得の有無にかかわらず、不動産の譲渡所得に対する課税軽減をはかるとともに、居住用財産を譲渡した場合には、通常居住用代替資産の取得が考えられることに鑑み、課税の繰り延べとはせず、同法三一条の規定する長期譲渡所得の特別控除額(一〇〇万円まで)の特例として高額の特別控除を認め、特別控除による免税制度を採用したものである。

右のとおり、措置法三五条の規定の趣旨が、居住用財産を譲渡した場合、通常新たに居住用代替資産の取得がなされることと通常の居住用資産であれば特別控除額の範囲内で取得できるであろうとの配慮から、その譲渡所得について課税の繰り延べによらず、特別控除という免税制度により、居住用代替資産の取得を容易にする趣旨に出たものということができ、また、居住の用に供されている家屋を譲渡する場合においては、不動産取引の実情からして、譲渡時まで当該家屋に「現に」居住することが事実上困難な場合も十分予測されることに鑑みれば、措置法三五条一項の解釈として、文字通り「居住の用に供している家屋」を譲渡した場合、すなわち譲渡時において現に生活の本拠として居住している場合にのみ同条の適用があると解することは、妥当な解釈ということができない。しかしながら、措置法三五条は、譲渡所得の特別控除額の特例を定める規定であつて、その解釈適用に当つては、その明確性が要請されるところ、同条が文理上「居住の用に供している家屋」と規定し、しかも、前記のとおり、同法施行令二三条一項が「当該家屋のうちその居住の用以外の用に供している部分があるときは、その居住の用に供している部分に限る。」とし、また、「その者がその居住の用に供している家屋を二以上有する場合には、これらの家屋のうち、その者が主としてその居住の用に供していると認められる一の家屋に限るものとする。」と規定していることからすれば、措置法三五条は、現に居住の用に供されている家屋について規定したものであつて、居住の用に供されなくなつた家屋も前記同条の趣旨から当然に「居住の用に供している家屋」に含まれ、同条の適用があると解することは相当でない。

前記のとおり、措置法三五条の規定の趣旨が居住用財産の買換えを前提とするものではあつても、同条の適用に当つては代替資産の取得が要件とされず、同条が「居住用財産」の譲渡における特例を定めるものとして規定されていること及び同条の文理に反して「居住の用に供されなくなつた家屋」も含まれると解さなければならない特段の事情もないことからすれば、居住用家屋の譲渡として措置法三五条が適用されるのは、生活の本拠として現に居住の用に供している家屋を譲渡した場合、さらには、譲渡時に近接する時期までこれを居住の用に供しており、譲渡に至るまでの期間及びその間の使用状態などからみて、法律の適用上居住の用に供していると同視しうる場合に限られると解するのが相当であり、法律の適用上もはや居住の用に供していると同視できない程に月日が経過し、又は居住用以外の他の用途に供している場合には、仮令、居住の用に供されていたことがあつたとしても同条の適用はないものというべきである。

2  確かに、原告主張のとおり、措置法三五条一項については、昭和五三年法律第一一号による改正があり、右改正後の租税特別措置法(以下「新措置法」という。)三五条一項は、「個人が、その居住の用に供している家屋で政令で定めるものの譲渡(中略)若しくは当該家屋とともにするその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡(中略)をした場合又は災害により滅失した当該家屋の敷地の用に供されていた土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡若しくは当該家屋で当該個人の居住の用に供されなくなつたものの譲渡若しくは当該家屋で当該個人の居住の用に供されなくなつたものとともにするその敷地の用に供されている土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡を、これらの家屋が当該個人の居住の用に供されなくなつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の一二月三一日までの間にした場合には、当該個人がその年の前年又は前前年において既にこの項の規定の適用を受けている場合を除き、これらの全部の資産の譲渡に対する第三一条又は第三二条の規定の適用については、次に定めるところによる。」(以下略)と規定している。しかし、右規定は、措置法三五条一項による特別控除の適用範囲を拡大したものであり、新措置法附則二条によると、右改正後の規定は、「別段の定めがあるものを除くほか、昭和五三年分以後の所得税について適用し、昭和五二年分以前の所得税については、なお従前の例による。」と定められており、新措置法三五条一項につき右別段の定めは存しない。

従つて、本件長期譲渡所得の特別控除額につき新措置法三五条一項の規定が適用されないことは明らかであり、また、右改正がなされたからと言つて、措置法三五条一項所定の「居住の用に供している家屋」に関する前記1の解釈を原告主張のように拡げる根拠とはなし得ない。

3  そこで、右居住の用に供していると同視しうる場合について検討する。

成立について争いのない甲第二号証の一、二、乙第一号証、鑑定証人益子純一の証言によれば、四四年改正措置法ないし措置法三五条の適用に際し、税務執行上「居住の用に供している家屋」を文字通り解釈適用すると、居住用財産を譲渡するに至つた経緯、不動産取引の実情等に照らして相当でない場合も生ずるとして、税務当局では、本件通達三五―一の二のとおり「その居住の用に供している家屋(中略)を譲渡するため、その家屋を空家とした場合において、その後、その家屋を貸付けその他業務の用に供することなく、その空家とした日から一年以内に譲渡したとき」は措置法三五条に該当するとして取扱つていることが認められる。

ところで、措置法三五条は、「災害により滅失した当該家屋の敷地の用に供されていた土地若しくは当該土地の上に存する権利の譲渡」の場合についても特別控除の特例を認めているが、これは、居住の用に供されていた財産について、居住の用に供されなくなつてからもなお同条の適用を認めようとするものであつて、現に居住していない場合にもなお「居住の用に供している」と同視しうるか否かの一つの判断基準といえるところ、同条の適用があるのは「その災害のあつた日から一年以内に」譲渡をした場合に限られていること、また、旧措置法三五条が四四年改正措置法三五条により改正された主要な点が、前記のとおり、居住用財産の買換えによる課税の繰り延べの制度を廃止して、居住用財産の譲渡につき特別控除による免税制をとり入れた点にあり、旧措置法三五条及びその後の措置法三五条は、いずれも居住用財産の買換えに際し、その税負担の軽減を目的とするものであり、その立法趣旨は同一であるところ、前記のとおり、旧措置法三五条の規定する居住用財産の買換えにおいては、譲渡資産の用途は問題とされていなかつたため、譲渡の日まで居住の用に供している必要はなかつたものの、その適用があるのは、居住用資産取得の日から一年内に譲渡した場合に限られていたのであつて、同一の立法趣旨から出た類似の制度の適用につき、従前の規定においてはその適用期間が一年以内とされていたこと、さらに前記税務当局の取扱等に鑑みれば、特段の事情のない限り、居住の用に供していた家屋を空家とした日から一年以内に譲渡した場合にも、なお居住の用に供していると同視しうる場合として措置法三五条の適用があると解するのが相当である。

なお、措置法三五条は、「当該個人がその年の前年又は前前年において既にこの項の規定の適用を受けている場合」にはその適用がない旨規定し、特別控除について連年の適用を認めず、三年に一度の適用に制限しているが、その趣旨とするところは、居住用代替資産取得の場合、これを三年程度の短期間に譲渡することは通常考えられないことと、連年適用を認めると特別控除制度を濫用し、譲渡益の脱漏をはかるなどの弊害を生ずるのを防止するためにあり、右規定を根拠として、居住の用に供されなくなつてから三年以内の譲渡であればなお措置法三五条の適用があると解することはできない。

4  以上の観点から本件についてこれを見ると、

(一)  原告が昭和四七年一月一〇日それまで居住していた本件家屋から肩書住所地の家屋に移り住み、そのころ右家屋を買受けて同年五月一六日所有権保存登記を経由していること及び本件家屋が右転居後約二年四か月の間空家のままおかれ、昭和四九年五月二六日に譲渡されたことは、前記認定のとおりであり、原告本人尋問の結果によると、原告は、妻と二人で本件家屋に居住していたが、昭和四六年初めごろ妻が乳がんのため手術をした結果片手が不自由となり、庭つきの本件家屋よりもマンシヨンに住む方が便利である等の理由から、同年末ごろ本件家屋を売りに出し、翌昭和四七年一月一〇日ごろ現住家屋を買つてこれに移り住んだこと、原告は、その後本件家屋を空家とし、一週間に一度位掃除や除草をして管理しながら買手を探していたが、昭和四九年五月ごろようやく買手が見付かり同月二六日これを譲渡するに至つたことが認められる。右認定に反する証拠はない。

(二)  してみると、原告が、妻の健康上の理由等により急遽本件家屋から現住家屋に転居することを余儀なくされたのに、本件家屋の買手が容易に見付からなかつたという事情はあるにせよ、原告は、本件家屋を二年四か月程空家としていたのであるから、右家屋の譲渡は、措置法三五条一項にいう「居住の用に供している家屋の譲渡」に該当するものとはいえず、従つて本件長期譲渡所得につき同条による特別控除の適用はないものと解すべきである。

そして、以上のような事実関係の下では、本件長期譲渡所得につき措置法三一条二項を適用して一〇〇万円の特別控除がなされるべきであり、その余の長期譲渡所得の金額四二〇万円が課税長期譲渡所得金額となる。

三  以上一、二の事実によると、原告の昭和四九年分の所得金額等は次のとおりとなる。

1  所得金額

総所得金額は、給与所得五六万二五〇〇円、雑所得一〇万二〇〇〇円の合計六六万四五〇〇円であり、特別控除後の長期譲渡所得の金額が四二〇万円であるから、原告の昭和四九年分の所得金額は四八六万四五〇〇円となる。

2  所得税額

課税総所得金額に係る所得税額は一万五一〇〇円であり課税長期譲渡所得金額四二〇万円に係る所得税額は措置法三一条一項によりその税率が二〇パーセントであるから八四万円となり、以上の合計八五万五一〇〇円が昭和四九年分の所得税額となる。そうすると、右八五万五一〇〇円から源泉徴収税額を差引いた八一万六〇八〇円から一〇〇円未満の端数を切捨てた(国税通則法一一九条一項)八一万六〇〇〇円が申告納税額となる。しかるに、原告は、被告の主張1のとおり二万三九二〇円の過払があると申告しているのであるから、これと右正当な申告納税額との合計額八三万九九二〇円から一〇〇円未満の端数を切捨てた八三万九九〇〇円が納付確定額となる。

3  過少申告加算税

原告のなした確定申告は、特別控除後の長期譲渡所得の金額四二〇万円、税額八三万九九〇〇円が過少申告となり、右税額から一〇〇〇円未満の端数を切捨て(国税通則法一一八条三項)た八三万九〇〇〇円が加算税の基礎となる税額となるので、加算税は、その五パーセントである四万一九五〇円(同法六五条一項)から一〇〇円未満の端数を切捨てた四万一九〇〇円となる。

四  従つて、右三の計算と同旨の本件更正処分及び本件賦課処分はいずれも適法であるから、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸清七 三宅純一 桐ケ谷敬三)

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